2026.5.31

[活水湧出](22)

「人生明暗」(伝道の書5:13〜20、ピリピ4:10〜20)

 

 伝道者(コーヘレス)は、4章5章で痛烈な社会批判をしています。5章の後半では富める者と貧しい者のいずれが幸せであるかということを描写しております。「空の空」というむなしい嘆息を繰り返していますが、小さい庶民的な生活の中に、神の祝福を見出しているように思われます。

 

「人生明暗」

①富を追い求めた人の虚しさ。

「私は日の下に悲しむべき悪のあるのを見た。すなわち富はこれを蓄えるその持ち主に害を及ぼすことである。また、その富は不幸な出来事によって失せゆくことである。それでその人が子をもうけても、彼の手には何も残らない。彼は母の胎から出てきたように、すなわち裸で出てきたように帰っていく。彼はその労苦によって得た何者もその手に携えていくことができない。…人は、一生、暗闇と、悲しみと、多くの悩みと病と、憤りの中にある。」(5:18〜20)5:13〜17)

  

 伝道者は人生が侘しく空しいものと語っています。富と権力を追求する人の末路を見たのでしょう。それは風をとらえるような虚しいものであると。

 

②与えられたもので満足した人の幸せ。それは神の賜物を知る人生。

「見よ、私が見たところの善かつ美なる事は、神から賜った、短い一生の間、食い、飲み、かつ日の下で労するすべての労苦によって楽しみを得ることである。また、神はすべての人に、富と宝と、それを楽しむ力を与え、また、その分を取らせ、その労苦によって楽しみを得させられる。これが神の賜物である。」(5:18〜20)

 しかし、彼の目に映った幸せな価値ある情景は、庶民的な家庭生活の中にありました。汗を流して労働するものが、家族と食事をして、夜はぐっすり眠れる姿。これと言って偉大な事は無いけれど、与えられた一生という時間の賜物を神に感謝して過ごしている姿。確かにこれが私たちクリスチャンの姿であるべきではないかと思わせられます。

 しかし、旧約聖書にはキリストの福音がありません。新約聖書のイエス・キリストの生涯と重ね合わせて読む必要がありますね。

 

③逆境をも喜ぶ人生

 イエス・キリストの生涯を見る時、権力もなく富もないにもかかわらず、大胆に神の言葉を語り、威厳を持って人々を励まし、弱く貧しいものを引き上げ、病めるものを癒しました。

 十字架の福音によって、生まれ変わったパウロは、ローマの牢獄でさえも、次のように語りました。

「私は乏しいからこう言うのではない。私はどんな境遇にあっても、足ることを学んだ。私は貧に処する道を知っており、富に居る道も知っている。私は飽くことにも飢えることにも富むことにも、乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘訣を心得ている。私を強くしてくださる方によって、何事でもすることができる」(ピリピ4:10〜13)

 

キリストに選ばれ、

キリストのように生き、

キリストの栄光のために働く者は、

貧しくとも、幸せに満ち溢れている。ハレルヤ。

 

このような生き方が与えられていることを感謝し、受け取って参りましょう。神様の祝福をお祈りいたします。

小田 彰