[活水湧出](19)
「神の時 神の愛」(伝道の書 3章1〜15節、詩篇 139篇13〜18節)
5月第二日曜日は母の日として世界中で覚えられています。1908年米国のバージニア州で5月の第二日曜日が母の日として制定されました。またデパート王ジョンワナメーカーらよって全米の記念日とされました。日本にもたらしたのは森永製菓の森永太一郎と言われています。しかしすべての源は、ミセスジャービスというクリスチャン夫人の愛と奉仕と人格的影響によったのです。彼女が常に庭園で育てていたカーネーションが、その記念会の花束となりました。
すべての良きことの原点は、一人の人の涙の祈りから始まっていると言っても過言ではないでしょう。
さて、今日のテキスト伝道の書3章は最も有名な箇所と言われています。ぜひあなたの聖書を開いてお読みください。
①「天が下のすべての事には、季節があり、すべてのわざには時がある。」(1:1)すべての事は神の予定(計画)のもとにあります。それは一生の始まりから、人生の終わりのその時まで神の支配のもとにあるということです。
「時」カイロスは、当事者にはわからず隠されています。時が過ぎて、あの「時」であったことに気づくのです。隠された時を見出すまでは、不安と恐れと葛藤があり、そこに祈りがあります。その忍耐の祈りの道こそ、信仰の世界です。
②「神のなされる事は皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを、初めから終わりまで見極めることはできない。」(3:11)
「時」は指の間からこぼれ落ちる砂のように、掴みどころのない霧のようなものです。しかし確かに「あの時は神の導きであった」ということに気づくことがあります。この気づきこそ、神の御心に近づくことなのです。そこに至るまでの長い「空の空」と言われるような祈りの時間があって、神の御心との接点が見出されます。 ③「父の愛」は、御言葉であり、瞬時的です。
「母の愛」は、祈りであり、持続的な待ち望みです。
イザヤ書に不思議な表現があります。絶対的な父なる神が、母性をもって私たちを愛してくださるという表現です。
「母のその子を慰めるように、私もあなたが方を慰める。」(イザヤ書66:13)ここに母のような忍耐と、待ち望みの心を持った父なる神の姿があります。待っていて下さるお方です。
④「時」は神より受ける賜物です。それは「神の恩寵であり愛」であります。この与えられた賜物を大切に用いていくためには、信仰と祈りと御言葉が必要です。人生という「時」は短く、有限で、霧のように去っていくのです。
さて、母の日にあたり「祈り」を学びましょう。祈りとは「今」を真剣に生きることです。一瞬たりとも無駄にしない人のわざです。この「時の秘儀」こそ神の愛なのです。
個人的な生活の問題のためにも、病や死の問題のためにも、限りない社会の問題のためにも、そして世界の平和と人々の幸せの為にも、忍耐と希望を持って祈りましょう。そして一つ一つ「神の時」を見出していくことができたら幸いです。神の
祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。
小田 彰
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