[活水湧出](4)
「生ける水」(ゼカリヤ 14:1〜9、黙示録 22:1〜5)
今年の標語は、「活水湧出」です。
「誰でも渇くものは、私のところに来て飲むが良い。私を信じるものは、聖書に書いてある通り、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」(ヨハネ7:37、38)とイエスが言われた時「生ける水」とは何を意味したのでしょうか?
ある英語の訳を見ますとlife〜giving waterと書かれておりました。これはわかりやすいですね。命を与える水です。私たちのなす業の全てが人々に命を与えるものでありたいものです。しかし「生ける水」はさらに深い意味を持っているでしょう。それによって地上にいながらにして、永遠の命につながっていくことができると言うのです。もちろんイエスは「これはイエスを信じる人々が受けようとしている御霊を指して言われたのである」(ヨハネ7:39)。今年、私たちが着眼している命の水は「聖霊」なのだと言うことを改めて心に留めましょう。
イエス様が「生ける水」と言われた時、それは
①神に対する人間の霊的渇きを根源的に癒す水。それは全ての人が必要としている水です。(イザヤ55)
②それは人間の罪を清め、、新しい命を与える水です。(ヨハネ4)
③エゼキエルが幻で見た。エルサレムから流れ出た尽きることのない「聖霊の川」(エゼキエル47)
④終末戦争後にエルサレムから流れ出る「平和の川」です。(ゼカリヤ14)
⑤天国に流れる清い川につながります。(黙示録22)
この川の源流は、ゴルゴタの丘で流されたキリストの血潮の流れです。
改めて「生ける水」はイエス・キリストから流れる水であり、その水は尽きることのないめぐみです。その働きは無限大です。ですからイエスこそ希望の源なのです。
図らずも、ただいま衆議院議員選挙が公布されました。すべての政党や議員たちが、税金の減額、金銭の配布、授業料の無償化、子育て支援等など経済的に支援する私に投票してくださいと言う声を高らかにあげています。
今日取り上げている「生ける水」とは、全くその選挙の論点に反して、経済的、物質的、肉体的、快楽的な何者をもってしても、私たちの魂は癒されることがないと宣言しているのです。そして毎日のニュースが取り上げる世界の問題も、軍事力や領土の拡張や戦いにおける勝利が、あたかも人間の究極的幸せに繋がっているかのように語っていますが、私たちの魂は神の言葉と聖霊による生ける水によらなければ、決して潤されることは無いのです。
イエスがサマリヤのスカルの井戸端で人目を避けて、昼の12時ごろ、水を汲みに来た女に語った御言葉を味わいましょう。
「この水を飲むのは、誰でもまた渇くであろう。しかし、私が与える水を飲むものは、いつまでも渇くことがないか、私が与える水は、その人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き上がるであろう。」(ヨハネ4:13、14)
小田 彰