2024.1.21

テーマ「キリスト出現」

聖書 第二テモテ 1章9〜14節、ルカ 21章25〜36節

     

 寒い雪混じりの日曜日を迎えようとしております。キリストの恵みが心の内に炎となって魂を温めてくださるように祈ります。

 

ローマの獄中にあったパウロは、若き弟子のテモテに自らの確信するところを述べています。逆境に打ち勝つ秘訣は、自ら何を確信しているかによりますね。

 

「そして今や、私たちの救い主キリスト・イエスの出現によって、明らかにされた恵みによるのである。キリストは死を滅ぼし、福音によって、命と不死とを明らかに示されたのである。」(第二テモテ1:10 )

 

「キリストの出現」という言葉に着目しましょう。出現という言葉は、エピファネイアというギリシャ語です。新約聖書では、キリストの再臨において用いられている言葉ですが、ここではキリストの誕生、その生涯、十字架の贖いを意味しているのでしょう。しかし、キリストを十字架にかけ、弟子のステパノを石打の刑に処したパウロは、目で見ていながら、キリストを知らなかったのです。ダマスコに向かう馬上で受けた光の中で出会ったイエス・キリストこそ、彼に対する「キリスト出現」でありました。

あのキリストとの出会いこそ、彼の信仰の実存でありました。その確信のゆえに、今殉教の試練を前にして揺るぐ事のない魂の平安を持っています。それを若きテモテに伝授しようとしていたのです。

 

今日のテキストから「イエス・キリストにある希望」について三つのことをお伝えします。

①私たちは既に神のご計画の中に組み込まれて恵みが約束されています。

②キリストにある信仰は、死を「滅ぼし」(無力化し)、この世にあっては生きる力を、また、永遠の命を約束してくださいました。

③「かの日に至るまで」(1:12)とキリスト再臨の時まで、この恵みを守ってくださるとの約束をパウロは確信していました。

 

能登半島地震を見ても、また日本列島が絶えず直面している危機的な自然界の状況を見ても、また航空機事故のようなデジタル時代の先端を行く企業におけるアナログ的な事件を見ても、また私たちの周りに起こる病の癒しの困難さを見ても、絶望的な試練は、いつでも起こり得るのではないでしょうか。

このような時、キリストにある希望をしっかりと握り締めて歩みましょう。神様の祝福と愛に満ちた恵みが豊かにありますようにお祈りいたします。

小田 彰