2023.7.9

「荒野花咲」

テーマ「万軍の主」

聖書 イザヤ 47章1〜7節、ヤコブ 5篇1〜6節

 

「万軍の主」という表現は「契約の神ヤーウェが出現する」と言う意味です。

「我々を贖うものは、その名を万軍の主と言い、イスラエルの聖者である」。(イザヤ47: 4)

47章でバビロンを滅ぼした神は「その名を万軍の主」と宣言しています。

イザヤ書にたびたび出現する言葉ですから、今回取り上げました。ヘブル語を知らなくても、聖書は理解できるのですが、少しその知識を加えるとなおわかりやすいのではないでしょうか。

 

「主」はヤーウェの訳で契約の神の意味です。出エジプト記3章6節で、モーセに現れた主はご自身をヤーウェであると言われました。「万軍」ツァーバーは軍隊を率いている指導者のように聞こえて参りますが、現れると言う意味です。歴史の大事な時に星が出現するときにも使われます。そして合成語として「ヤーウェ・ツェバーオース」日本語訳で「万軍の主」と訳されてきたのです。

艶やかなバビロンの娘を、女王の位から引き降ろされるお方は「万軍の主」です。70年の間、奴隷として捕えられていたイスラエル民族を解放されたお方は「万軍の主」です。 

 

きたるべきメシア、イエス・キリストの誕生を預言されたお方は「万軍の主」です。

「1人のみどりごが、我々のために生まれた、1人の男の子が我々に与えられた。…万軍の主の熱心がこれをなされるのである」。(イザヤ9: 6.7)

 

新約聖書、使徒行伝7章で石打ちの刑で殉教しようとしているステパノを見守られたイエス・キリストのことが書かれています。ここには「万軍の主」という言葉は使われていませんが、殉教者を見守って、お立ち上がりなったイエス・キリストの姿が目に浮かびます。

「しかし、彼は、聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた」。(使徒行伝7: 55)

 

「万軍の主」は祈ったら、すぐそばに来てくださる天使のようではなく、歴史の節目において、神の御手が介入する時に用いられます。また、私たちの人生においても、信仰の大きな戦いがあり、右か左を選択しなければならないような時、祈りの中で「万軍の主」が出現してくださいます。

 

あなたの人生の節目においても、「万軍の主」の出現を期待して祈りましょう。45章で「ご自分を隠しておられる神」と言われたお方が、しばしば私たちの祈りに答えて、出現してくださるのです。神様は、今日もあなたを見守っていてくださり、最も必要な時に御手を差し伸べてくださるお方ですから、信じて祈りましょう。

小田 彰