2023.11.5

「荒野花咲」

テーマ「主の恵みの年」

聖書 イザヤ 61章1〜3節、ルカ 4章16〜22節

 

 今日のテキストは「第五の主の僕の歌」と言われる部分です。主の僕は預言者イザヤ自身であるようにも思われますが、きたるべきメシアを指し示しています。

クリスマスまでおよそ2ヶ月ありますが、東方の博士たちが不思議な星を見て旅立ったのは、すでに数ヶ月前のことです。彼らの目も心も、救い主の誕生に向かっていました。希望の救い主こそ、イエス・キリストであり、そのお方について、イザヤ書61章に預言されているのです。

①「主なる神の霊が私に臨んだ。これは、主が私に油を注いで、貧しいものに福音を宣べ伝えることを委ねてくださった……」(61:1)神の霊と選びと聖別

②「心の痛めるものを、癒し、捕らわれ人に放免を告げ、縛られているものに解放を告げるために…」(61:1)

これは単に奴隷を解放するという事だけではなく、霊的な悪魔の縛りから解放するという約束です。

③「主の恵みの年と、我々の神の報復の日とを告げさせ、またすべての悲しむ者を慰めるため…」(61:2)

「主の恵みの年」は、神が特別にイスラエル民族の上に善意を示される年です。(イザヤ49:8)

④「悲しみに替えて喜びの油を与え、憂いの心に替えて、賛美の衣を与えさせるためてある」(61:3)

まさに人類の悲しみを喜びに変えるために来てくださるお方です。

 

このように約束されたお方がクリスマスに誕生されました。

伝道を開始されたばかりのイエスが、ナザレの会堂に入った時、手渡された巻物を読み始めました。それがこのイザヤ書61章だったのです。

 

「主の御霊が私に宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、私を聖別してくださったからである。主は私を遣わして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれているものに自由を得させ、主の恵みの年を告げ知らせるのである」(ルカ4:18 .19)

そしてイエスは「この聖句は、あなた方が耳にしたこの日に成就した」と説き始められた。。(ルカ4:21)

 

まさにイザヤ書61章の預言は私のことであると宣言されたのです。

「主の恵みの年」について、パウロは「今は恵みの時、救いの日」(第二コリント2:6)と語りました。ユダヤ民族が長く待ち望んでいた「恵みの時」は、イエス・キリストの誕生と、私たちとの出会いによって恵みの時に変えられたのです。

☆まさに主と共に歩む日々が、恵みの時なのです。

 

今世界は戦乱の中になだれ込もうとしています。私たちの身近な人々の心の中にも、様々な縛りによって苦痛をなめている人がいます。そして生きていくことの辛さと闘いきれなくて、投げやりになっている人もいます。言葉に言い表すことのできない悲しみが世界に満ちているとも言えるのではないでしょうか。

 

イエスの人類に対する慰めの言葉です。

「すべて、重荷を負うて苦労しているものは、私のもとに来なさい。あなた方を休ませてあげよう。」(マタイ11:28)

このイエス・キリストを見出し、このお方に出会うことが、人間の目的であり最も幸せなことなのです。

 

「まぶねの中に」という讃美歌を書いた由木康牧師は、青年時代に本当の愛などはあるだろうかと深い疑問を持っていました。しかし、イエス・キリストの生涯を知った時、少しの混じりけもない純粋な愛の化身である事を確信しました。その経験を書き留めたものが「まぶねの中に」という讃美歌となりました。

 

イエス・キリストのうちに、世界の全ての問題の解決と、私たちの魂の救いの秘訣が隠されているのです。このお方をあなたの救い主として受け入れてください。大きな祝福があることを確信しています。  

小田 彰