2023.1.1

「荒野花咲」

テーマ「砂漠に花咲き」

聖書 イザヤ 35章1〜10節

 

あけましておめでとうございます。

2023年の365日の日記の1ページ1ページが、祝福された輝きに満ちたものとなりますようにお祈りしております。

新年は旧約聖書イザヤ書から光を受け、導きをいただきたいと思っています。イザヤ書は第5の福音書と言われるほど、イエス・キリストの救いに直結した預言の言葉で満ちています。慰めてあり、癒しであり、勝利の秘訣であり、きたるべき未来に対する予言でもあります。

イザヤと言う名前は「ヤハウェ(主)の救い」言う意味を持っています。紀元前9〜8世紀かけて、チグリス川河畔のニネベから台頭したアッシリア帝国は、その覇権を広げ、パレスチナに攻撃をかけておりました。北王国イスラエルは既に陥落し、南王国ユダに大群が迫っていました。エジプトに援軍を求めるために大金を払いながら備える、怯えた国家になっておりました。
その時代に預言者イザヤが神の言葉を宣べ伝えたのです(BC 740-690の50年間)。
しかしその実情は、ウクライナがNATOやアメリカに援軍を求め、ロシアに戦いを挑んでいる様相に似ています。また日本がロシアや、中国や、北朝鮮を恐れてアジアの国々、そしてアメリカに助けを求めている事情とも大変よく似ているのです。
イザヤ書は66章ありますが、34章と35章は総論的な部分で真ん中に挿入されているのです。34章は神の裁き、35章は神の救いです。
そのような背景を意識しながら今35章から4つの大きなチャレンジを受けようとしています。

①「荒野とかわいた地とは楽しみ、砂漠は喜びで花咲き、サフランのように、盛んに花咲き、かつよろこび楽しみ、かつ歌う。」(35: 1.2)

荒れ果てた大地を花咲く園に変えてくださるというお約束です。ウクライナの大平原は一面ひまわりが咲いて多くの写真になっています。しかし今そこは戦車が縦横無尽に走り、散々荒らされてしまいました。私たちの心にも乾いた荒れ果てた思いがあるとするならば、神様はそれをサフランの花咲く地と変えてくださるでしょう。
「彼らは主の栄光を見、我々の神の麗しさを見る」。(35: 2)
この栄光とは優勝カップのようなキラキラしたものではありません。闇の中に輝く神の光です。試練や逆境の中にこそ私たちは希望の光を見いだすのです。それはイエス・キリストの与える希望です。

②「あなた方は弱った手を強くし、よろめく膝を健やかにせよ。強くあれ、恐れてはならない。」(35: 3.4)
預言者イザヤは、恐怖におののく指導者に対し、「恐れるな」と励ましました。そして祈りの手を下ろしてはならないと言ったのです。私たちは信仰が弱ると、祈ってもダメだと決めてしまうものです。恐怖のために神を信じること、希望を持つこと、未来の計画を立てることをやめてしまってはなりません。

③「それは荒野に水が湧きいで、砂漠に川が流れるからである」(35: 6)
(5-7)の部分は、目が開かれ、耳が聞こえるようになり、歩けないものが歩けるようになり、口のきけない人が歌うようになるという奇跡の連続の続きとして描かれています。
大胆に神を信じて進むときに奇跡が起きるのです。

④「そこに大路があり、その道は聖なる道ととなえられる」(35: 8)
ハレルヤと歌いながら、神の都に向かって進軍して参りましょう。「ただ、あがなわれた者のみ、そこを歩む」(35: 9) すべての逆境を感謝の賛美に変えた人たち、罪赦されて救い主をほめたたえる歌に満たされた人たち、喜びに満たされた信仰の友達がシオンに向かって進んでいます。

2023年のお一人お一人の歩みは、この聖なる道を歩む一団の中に加えられています。あなたも共に喜びの歌を高らかに歌いましょう。そこにはもう暗い闇が近づく事はなく、恐ろしい敵は存在しないのです。
「彼らは楽しみと喜びとを得、悲しみと嘆きとは逃げ去る」(35: 10)

このような祝福に満たされた一年でありますようにお祈りいたしております。

小田 彰