2026.3.1

[活水湧出](9)

「隅のかしら石」(マルコ12:1〜17、詩篇118:22〜23)

 

パームサンデーにイエスがエルサレムに入城されてから、金曜日の十字架まで重苦しい日々を過ごしておられたと思われますが、大切な言葉を残されました。我々にとって、それは一つ一つ「主の遺言」であります。

 

ぶどう園の譬え話の中で、ご自身が「捨てられた」、拒絶された者であることを語られました。

「家造りらの捨てた石が、隅のかしら石となった。」(マルコ12:10、詩篇118:22)

捨てられたお方こそ、人類の救い主となられたお方です。聖書の歴史は、ある意味で、神の言葉を語って、捨てられた人々の記録であると言っても過言ではありません。

 

今日のテキストは、ぶどう園の主人が、垣根を作り、またぶどうを絞る酒船を作り、また見張りのための櫓を立て、農夫たちを集めて、この農園を任して旅に出たと言うのです。農園が良い実をつけるようになるには5年ぐらいかかるそうです。そこで農園の主人は使いを派遣して様子を見させました。しかしこの悪い農夫たちは、彼を袋叩きにして帰しました。次々送られた使者は、やはり迫害され、殺されました。

「ここにもう一人の者がいた。それは彼の愛子であった。自分の子は敬ってくれるだろうと思って、最後に彼をつかわした。すると…農夫たちは彼をつかまえて殺し、ぶどう園の外に投げ捨てた。このぶどう園の主人は、どうするだろうか。彼は出てきて、農夫たちを殺し、ぶどう園を他の人々に与えるであろう。」(マルコ12:6〜9)

 

ぶどう園についてイザヤ書によく書かれています。

「万軍の主のぶどう畑は、イスラエルの家であり、主が喜んでそこに植えられたものは、ユダの人々である。…彼は良いぶどうの結ぶのを待ち望んだ。ところが結んだものは野ぶどうであった。」(イザヤ5:2、7)

神に選ばれた民族として造られたイスラエル国家は、結局神の言葉を伝えた預言者たちを殺し、国は偶像礼拝の誘惑に負けてしまいました。今、ローマ帝国下にあって、形式的にはユダヤ教国家が成り立っていますが、真のメシヤ(キリスト)を受け入れることができなかったと言うのです。

 

私たちは、このレントの時期に、「捨てられた石」のメッセージを心の奥底で受け取りたいと思います。実はこれは「捨てられることの恵み」とも言われるテーマです。現在の私たちの生活においても、「捨てられること」があります。

クリスチャンとして信仰のゆえに迫害されることがあります。しかし、信仰の問題でなくても、社会生活の中で拒絶され、無視され、場合によっては捨てられることもあります。

この捨てられることを誰かから受けた仕打ちと取らなくても、病気や不慮の出来事によって、一般的な社会生活から脱落してしまうこともあります。私が病院のチャップレンをしていた頃、脳腫瘍になった小学生が、自分だけが取り残されてしまうことに対して嘆いていた涙を覚えています。

 

しかし、長い人生において、捨てられる事は信仰の飛躍的な成長をもたらす秘訣であるとも言えるのです。主は、「義のために迫害されてきた人たちは幸いである。天国は彼らのものである。」(マタイ5:10)と言われました。

 

最近、自由が丘チャペルにおいて、「ヘンリ・ナウエン」読書会が始まります。25年ほど前、その著書が日本中で読まれた時期がありました。

オランダに生まれたカトリックの神父ではありますが、幅広く、その著書は読まれています。それは彼の心の奥底の霊的な飢え渇きが、ただ神の前にのみ注ぎ出されていたからでしょう。イエール大学やハーバード大学の教授でもあり大変高名でありましたが、1985年にハーバード大学を辞めて、カナダのデイブレイクの身体障害者の施設のチャプレンとなりました。1996年にオランダに一時帰国した時、心臓発作で64歳で天に召されました。彼は「私は神について語ってきたが、神と対話していなかった」と言っています。社会的な地位やエリートであることや、人々から賞賛されることなどは、全く意味のないことであり、ただ神の前に弱く、小さな自分のありのままの姿で生きることを望んだのです。当然、大学や組織から拒絶され、捨てられることとなります。しかし、彼がこの世の栄光から捨てられて、キリストと共に十字架の道を歩むことを貫いたために、今日もその著書の多くが世界中で読まれているのです。

 

私たちの人生のどこかで、この「捨てられた石」のメッセージが慰めとなり役に立つことを願っています。祝福を祈っております。

小田 彰