「この川の流れる所で」(エゼキエル 47章1〜12節、ヨハネ 7章37〜39節)
さて、1月17日は、阪神淡路大震災の31周年の記念日です。神戸を中心とする大震災の被害は甚大でした。直後から私はたびたび神戸に行き、親戚やクリスチャンの友を訪ねました。それがきっかけとなり、大阪集会や神戸集会が定期的に開かれることとなりました。今日までその交わりは続いています。34年前に始まったばかりのチャペルフェルシップインターナショナルと言うカセットテープのメッセージをお送りする働きがこの時から大変用いられました。その意味で今日は早朝より祈りをもって連絡をとっていた次第です。
さて、今年の標語は、「活水湧出」。仮り庵の祭りの最終日にエルサレムでイエス様が救い主としての宣言をされたみ言葉を改めて思っております。
「誰でも渇くものは、私のところに来て飲むが良い。私を信じるものは、聖書に書いてある通り、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」。(ヨハネ7:37、38)
イエス様が「生ける水が川となって流れる」と言われたとき、エゼキエル書47章を念頭に置いて語られたと思われます。「生ける水の川」とは何であるかということについて、エゼキエル書から学びましょう。
エゼキエルは紀元前6世紀、イザヤ、ダニエル、エレミヤなどの預言者たちと共にバビロンに連れてこられた預言者でした。捕囚として連れてこられた時期がそれぞれ違うのですね。
エゼキエルの名は「神は強められる」という意味です。彼の役目は国外で囚人となっている民のために、神の御言葉を伝えることでした。
彼は幻を見せられて神のご計画を知りました。エルサレムから1000キロも離れているバビロンにおいて見た幻が、エルサレム神殿から流れる水の川だったのです。
①神殿の祭壇の下から流れる水が満ち溢れて、神殿の外にまで及んでいました。
②それは小さな流れでしたが、次第に腰からも胸、そして泳ぐほどの深い流れになっていきました。
③その流れはアラバ湾に至る地溝地帯にまで広がっていき、死海の水を清めました。
④その流れのほとりには、多くの樹木が育ち、作物は豊かに成長し、流れの中には無数の魚が生きていたと書かれています。
ぜひエゼキエル書47章をお読みください。それは私たちに何を語っているのでしょうか?
①人類の救いの源流は、エルサレム神殿からであり、それはゴルゴダの丘の上で十字架にかかられたイエス・キリストからであること。
② 聖霊の川は、次第に深まっていきます。それは私たちの恵の成長を意味しています。イスラエル民族の象徴である神殿の一角から始まった流れが、国境を越え、世界の人を潤していく約束です。また、個人においては、信仰の小さな歩みが、次第に多くの人を生かし、導き、豊かに潤していく預言です。
③その川のほとりに多くの樹木が育ち、生き生きとした魚が泳いでいると言う事は、信仰の流れによって生きる人の受ける祝福の拡大の預言です。
「生ける水」は今、イエス・キリストの身元から流れ出ています。その流れは2000年経って全世界に広がり、私たちの魂をも潤しているのです。この約束の御言葉を心に留めて、豊かな実を結ぶ人生を過ごさせていただきましょう。
「その葉は枯れず、その実は絶えず、月ごとに新しい実がなる。これはその水が聖所から流れ出るからである」(エゼキエル47: 12)
実は、ライトハウスの伝道のスピリットは、9節の御言葉から来ています。
「この川の流れるところでは、すべてのものが生きている」
ライトハウスから語られる福音のメッセージは、イエスの身元から来る「生ける水の川」です。この御言葉に触れる人は生かされ、光り輝くことができます。ですから、この聖書の御言葉は、私にとって重要な預言の言葉なのです。
今週も、この命の恵みの川の中で生かされ、成長して参りましょう。
祝福をお祈りいたします。
小田 彰