「御言葉に伴うしるし」(マルコ16:14〜20、使徒行伝5:12〜16)
マルコ16:9〜20は、マルコの記述の不完全性を補うために、後の教会が書き加えたと言われています。しかしそこには全世界の教会に対する重要なメッセージが書かれています。
イエスの復活を信じることができなかった弟子たちが会食をしている時、イエスは現れて彼らに言われました。
「①全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。
②信じてバプテスマを受けるものは救われる。しかし、不信仰のものは罪に定められる。
③信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らは、私の名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、蛇をつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば癒される。」
(マルコ16:15-18)
15節は「大宣教命令」であり、
16-18節は宣教に伴う「神の守りと奇跡」です。
19-20はキリスト昇天と弟子たちの宣教に伴う御業。
「弟子たちは出て行って、至るところで福音を宣べ伝えた。主も、彼らと共に働き、御言葉に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。」(20節)
この御言葉は、43年前に伝道事務所ライトハウスが発足したときに与えられた御言葉です。
35歳であった私が、自分の能力においても、経済力においても、またキリスト教会の交わりにおける立場においても、多くの不安を抱えていました。しかし今、主が共に働いてくださり、すべての必要を満たし、困難を乗り越えさせ、信仰を萎えさせることなく、導いてくださったことを感謝しております。数え切れない、言葉で表現しきれないほどの不思議な出来事を通して、今日まで伝道し続けることができたのです。
この御言葉を通して、私たちはどのような信仰を持つべきでしょうか。
①神の守りの確信
②いかなる時にも信仰に立て
③「主はいつも、家庭でも、中国でも、平和の時も、戦いの時も、豊かな時も、乏しい時も、私の牧者であります。」(ハドソン・テイラーの言葉)
ですから、真理の御言葉に従いましょう。そうすれば、主が共に働いてくださり、様々な出来事を通して不可能を可能にしてくださるのです。ですから、どんな時にも強い信仰を持って立ちましょう。
1946年にノーベル文学賞を受賞したヘルマンヘッセは、次のような言葉を残しています。
「世の中が、どう動こうが、いつも自分自身でありなさい。太い幹を持った樹のようでありなさい。あるいは、あの毅然とした山のようでありなさい。あるいはまた、孤高の野獣のようでありなさい。ときには高みで瞬く星のようでありなさい」
逆境や迫害の中にあっても、不動の信仰を持って立つべきことを語っています。
今週も、あなたの働きの中に主が共にいてくださいます。そして、不思議な出来事を通して、勝利させてくださり、前進させてくださることを信じて参りましょう。
祝福をお祈りいたします。
小田 彰